ラーメン店開拓論

 






私は、ケパサ。突然だが今日は、

ラーメン店開拓方法論を書きたい。

 みなさんは、どのようにして自分にあったラーメン店を開拓しているのであろうか。ラーメニスト(勝手につけた言い方です。他では通用しませんので使わないようにしましょう。)としては自分が食べたことのないラーメン店を開拓するチャレンジ精神を忘れてはいけない。

1、グルメ本、ラーメン本、タウン誌、TVなどマスコミを頼りにする

 もっとも一般的な方法であろう。書店に行くと多くのグルメ本が書店をにぎわしている。私も、数冊の本を見て、頼りに行くことが多い。しかし・・、しかしである。みなさんは、グルメ本には

大きな落とし穴があることをご存じだろうか。
 確かに、紹介された店は一定の水準を保った味が供されることが多いことは事実である。しかし、多くのラーメン好きが指摘しているように次のような問題点がある。

 ア、「読者のはがきで選びました。」形式の本

 例えば、雑誌やマスコミに知られていない、そして、百人の人の中で十人しか知らない店があると仮定しよう。この十人が「ここのラーメンはすばらしい。」と評価したならば、客の満足度は百パーセントである。
 一方、百人の中で九十人が知っている店があると仮定しよう。(チェーン店、CMを流している店など有名店)味に満足した人が十八人いたとするならば客の満足度は二十パーセントである。
 どちらの店の方にあなたは、行きたいだろうか。満足度百パーセントに軍配が上がるのではないだろうか。しかし、はがきなどの人気投票では、後者の店がより高い人気を示すことになる。従って、「読者のはがきで選びました。」と言う本は、
その店が有名であることをいっているだけで、味の保障はしていないのである。私は、このような本の情報を頼りに何度悲しい思いをしたことか。そして、家族の怒りを買ったことか。(初めての店は一人で行くことが大切である。私の家族の冷たい視線から多くのことを学ぶことができたのは大きな収穫である。)

 イ、一人または、数人の作者が選ぶ形式の本

 かなり、信頼が置けるが、担当者と本のコンセプト次第である。

 「何でこんな店が紹介してあるの?」と疑問が出る本も数多くある。そのような本は、「あっさり」「こってり」でほとんどの味を快刀乱麻的に表現している。特に、当てにならない表現として、「○○○と言うの客も多いとか。」「○○○とか」って表現はスポーツ新聞のアダルト情報で多用されることから分かるように、「私は記事を書いたけどこの情報は私の責任じゃないのよ。」という逃げの手であることが多い。(と思う。アダルト情報を実行したことがないからよく分からない。)他の表現も組み合わせて、一軒一軒愛情を込めてコメントしてほしいものである。このような本は全く信用できず、裏でスポンサー料が動いているのではと勘ぐられても仕方がない。
 それに比べ、作者がきちんと紹介(ニックネームであっても)されている本は、文章もこなれていて、味の表現にも工夫が見られ読み物としても成立しているものが多い。(多いだけなので全てではない)一つひとつのラーメン店への愛情が見られる。店をけなしてある本も信用できる。(読み手としてはこんな本の方が楽しい。)ただし、味は、人それぞれなので、けなしてある店の方が自分に合ったりすることもよくある。

   ウ、TV番組の中での紹介

 レポーターが完食しているかどうかがポイント。レポーターは一日で何件も回るため、ほとんどの番組では少ししか食べない。レポーターが完食している場合は、驚くほど美味しいか、もう取材がなくおなかがすいていたのかどちらかであろう。レポーターの美辞麗句が多いのも危険信号。黙々と食べるレポーターは、TVというメディアにおける画面の大切さを知っているのだろうか、言葉以上においしさを訴えかけるものがある。こんな店にはつい、行ってしまう。





 

2、人から聞く

知り合いから美味しい店を聞くという方法がある。しかし、この方法で成功したことは一度もない。と言うよりも、同僚や友人で私ほどラーメンに固執(決して自慢ではない。さげすまれることの方が多い。)している者はいないので、知っている店の名前しか出てこない。みなさんも同じではないだろうか。何度か、知らない店を聞いていってみたことがあるが、完全に期待を裏切る店ばかりだった。




3、インターネットで探す

 一番、信用がおける方法である。インターネットでラーメンのページを見る人は、ラーメン好きだけであろう。ましてや、書き込みをする輩はラーメニストしかいない。「蛇(じゃ)の道は蛇(へび)」さすがと思われる店の情報がアップされていることが多い。(違うこともあるけど)
 口コミよりも規模が大きく(ちょっとしたTV番組よりものべ視聴率が高いかもしれない。)マスコミより小さい規模の情報がインターネットの情報である。(マチコミ?イタコミ?イネコミ?あまりいい呼び方じゃないなあ。)おまけにどこに対してもしがらみがないので正直な意見が述べられる。(ことが多い)




4、自分で探す。

 なかなか、勇気のいる方法である。「たかが5百円前後の値段。酒を飲むことを思ったら・・・。」とはいいながら一日の三食のうちの一食である。おいしい一食になるかどうか値段とは別の次元でも葛藤が働く。失敗しないためにラーメニスト・ケパサは、次のようなところに眼をつけてみることが多い。

 ア、外見

 のれんは、赤地に白字という店が多い。中には、黒地に黄色字という店もある。他の店と差別化を図る店の方が美味しい気がするのは私だけだろうか。

 さらに「ラーメン専門店」などと書いてあるとふらふらと入ってしまうことが多い。「専門店なんだからまずかったら生活できないはずだよね。美味しくないわけがない!」理論的な裏付けが完璧である。

 「理論と実際が違う」という人生の真理を教えてくれる貴重な体験ができるのも嬉しい。「苦労は買ってでもしろ。」という言い回しを反すうし、人生経験が豊富になるはずだ。



 イ、客の入り具合

 客が入っているかどうかは、一番のポイントである。「おいしさは客の数に比例する。」という法則がある。(と思う)実際にはずれることは少ない。しかし、客が少ない美味しい店を探しだすのがラーメニストとしての醍醐味である。この醍醐味を味わえないまま死んでいくラーメニストも数多い。


 ウ、オーラを感じる

 妖しい世界に誘い込みそうで怖い。

 みなさんも経験があるだろうが、なぜか気になる店がある。人が入っていなかったりするとなかなか店に入る勇気が出ない。しかし、そんな店で結構いけたりするところがある。
 科学的にオーラの分析をしてみる。と言ってもガスクロマトグラフィーを使うわけではないが。たぶんご主人のラーメンに対する意欲がにじみ出していると考えられる。のれんというアイテムは大切であることを知っている。店の雰囲気が大切なことも知っている。(ラーメン店内セットの店はだめなとこがおおいでしょう。)湯切りの仕方にも工夫が見られる。このようなご主人は、自分なりのラーメン理論を持っている。店自体がラーメン曼陀羅と言ってもいいかもしれない。(妖しい言い回しになってきたなあ。)つまり、ラーメンに対する思い入れが(時々「思いこみ」という主人もいるが)ありとあらゆるラーメンアイテム、仕草ににじみ出すと考えられる。これがオーラの正体である。
 これを感じれるようになったら空前絶後のラーメニスト誕生である。(そんな人本当にいるのかな?)
 みなさんは、どのようなラーメン店開拓方法論をお持ちであろうか。また、どのようなトホホのラーメン開拓史を自慢できるだろうか。「他人の失敗は私の喜び」という素直な私に是非トホホ話を教えてほしいものである。